前回のコラムでは13世紀の中国の仏像真珠から、リンネがトライした養殖真珠についてをお伝えしました。宝飾品としての真珠が王侯貴族に普及するほど、人工で養殖された真珠への渇望が高まりますが、実際本格的に真珠が養殖されるのは19世紀後半まで待たなくてはなりません。
今回は世界の養殖真珠史を彩る3名の日本人の功績を紹介する前に、幾多もの試行錯誤で生まれた養殖真珠の裏側サイド、模造パール開発の歴史にスポットライトを当てていきたいと思います。
養殖真珠と共に発展した模造真珠の軌跡と驚きの製法とは?
養殖の真円真珠が生まれ、パールの養殖プロセスが確立したのが20世紀初めでした。次回のコラムで紹介する西川藤吉、貝瀬辰平、そして御木本幸吉という3名の日本人による真円真珠開発ですね。
真珠を人工で養殖するという長い航海が終りを告げますが、実はこの真珠の養殖技術が発明される数百年以上も前から、外観はパールそっくりしかし実際は真珠とは異なる模造真珠の開発が行われてきました。
本物を求める養殖パール派の裏でヒッソリと、職人たちがどうすればコストを押さえて真珠様物質を製造できるのか?をテーマにしのぎを削って、研究開発が行われました。
今回のコラムでは養殖真珠を超える歴史と挑戦を繰り返してきた、パールに似せた模造真珠の歴史について解説していきたいと思います。
古代ローマから開発?本家そっくりの模造真珠が歩んだ歴史
夜空に光る満月、そしてシルクのような潤沢な光沢を見せる真珠。高貴な王侯貴族のみに着用が許されたそんな歴史もある真珠ですが、実は古代ローマ時代(紀元前509年~紀元前27年)から庶民向けに廉価版の模造真珠が製造されてきました。
中国で仏像真珠が作られたのが13世紀ですから、その当時から見ても悠久の歴史があった模造パール。古代ローマ時代から20世紀まで途切れることなく続いてきた人造パールの軌跡、ここではどんなマテリアルが模造真珠として製造されてきたのか?その物語の1ページを覗いていこうと思います。
模造真珠の製造はガラスベース
天然、養殖真珠はコンキオリンと炭酸カルシウムによる真珠層により、魅惑的な深みある光沢を生み出します。さて、人類の探求と申しましょうか、この美しいテリを何とか安価な材料で表現できないかと知恵を絞ったわけです。
ルビーやサファイアがガラスという模造素材で代用されたように、真珠を模した素材もガラスをベースにして制作されました。つまりガラスにある種の加工を施すことで、奥深いテリが生まれるのです。
時代によってその製法こそ異なりますが、例えば古代ローマ時代にはまん丸のガラスを銀でコーティングして更に焼き上げることで、独特の色合いを持たせた模造真珠を製造していました。
そして最も模造真珠の研究と製造が活発になるのが13世紀頃。主にガラス工房がその舞台となります。
丸く形を整えた粉末ガラスをビーズ状にし特殊加工を施し製造します。その際に、乾燥すると硬くなる性質を持つカタツムリの粘液やワックスなどが混合されることもありましたし、吹きガラスが使われることもありました。
また時代が経つにつれてガラスだけでなく、白色鉱物のアラバスターを丸く研磨したタイプの模造真珠も登場するようになります。
これらの模造真珠は天然に近い審美性とコストパフォーマンスを実現し、天然真珠を扱う業者は「真珠の価値が損なわれる」と警戒を強めたほどでした。
真珠独特のカラー、光沢を出す為の秘密
さてここで質問を投げかけましょう。「真珠光沢を出すにはどのような工夫をしたのでしょうか?」
例えばある種の顔料やエナメルを塗ったのか?と思う方も居ることでしょう。しかし実際に蓋を開けてみると、非常に興味深い素材が真珠光沢を出す秘密のツールになっていました。皆さんは以下のような材料が、模造真珠の美しさを引き出す材料になったことを想像できるでしょうか?
① ブリーク(コイ科)
② ローチ(コイ科)
③ ニシン(ニシン科)
④ デース(コイ科)
いまいちピンと来ないかもしれませんが、要するに上記のような魚の鱗が真珠光沢を与える素材として使われたのです。
これらのパールエッセンスを抽出する為には数万匹の魚が必要になったと言います。エッセンスとして利用するには、汚れを除去した魚の鱗を水に浸した後に攪拌(かくはん)した副産物を希釈させます。それをガラスに塗布することで真珠様の光沢が生まれるのです。
なぜ魚の鱗なのかというと、それらに含まれるグアニンと呼ばれるたんぱく質を再結晶させると非常に美しい真珠光沢を見せるようになるからです。
これは15世紀には知られた技術になっており、現代でも模造真珠を製造する伝統的手法として利用され、コスチュームジュエリーで人気の「ミリアムハスケル」の模造真珠もこの技術を改良したものです。この製法は反射率が高く、ファッショナブルな天然真珠の外観をコスパよく再現できるとあり、養殖真珠以上に研究が進んだ分野でもあります。
なおこの模造パールの需要については時代によって異なり、パール人気の度合いによっても魚の鱗の取引価格に大きな違いがありました。また魚の種類によってパールエッセンスとしての繊細さや反射も異なり、特にニシンは美しい銀色を呈し、ブリークは最も望まれる鱗として珍重されました。
フランスの模造真珠作家の場合
ここで興味深い模造真珠の製造手順について見ていきましょう。勿論これはモダンの製法ではなく、17世紀に生きた某ロザリオ職人の製造方法です。
彼が作り出したのが、吹きガラスに接着剤を用いて鱗由来のパールエッセンスをコーティングする製法です。彼が編み出した製法として特筆すべき点は以下の通り。
- エッセンスの塗布が剝がれにくくなるように内側にコーティングしている
- ガラス内部にワックスを含入させてパール同様の重さを付加
- 特に天然真珠と似た光沢と反射を持つブリーク由来のパールエッセンスを好んで使用
時代によって使用するパールエッセンスや核となるガラスの取り扱いも異なりますが、彼が紡いだ技術は結果として後世にしっかりと伝わり、チェコやイタリア、そして日本を含む様々な地域の模造真珠産業の礎になっていきました。
現代にも続く模造パールはスペインのあの島発?
皆さんもご存知かもしれませんね。風光明媚な風景、地中海の潮風が心地よいマヨルカ(マジョルカ)島は、長い歴史によって築かれた模造パール製造の一大産地として知られています。
モダンアクセサリーとしてもよく目にする「マヨルカ(マジョルカ)パール」がその正体です。ここではマヨルカパールとは一体どんなパールなのか?その秘密のマテリアル制作について考察していきたいと思います。
19世紀後半にカタルーニャの島で生まれたマヨルカパールとは
まず模造真珠が最も活発に製造された国は、そもそもガラス産業が発達した国です。例えば前述のチェコやドイツなどが挙げられます。またイタリアの場合はヴェネチアのムラーノ島にあるムラーノガラス(※1)がその代表例であり、モダナイズ化されたパールエッセンスによるガラスビーズが作られました。
(※1)ヴェネチアのムラーノ島で発達したガラス工芸品であり、1000年以上の歴史を持ちヴェネチアンガラスとも呼ばれます。
さて前置きが長くなりましたが、長い模造真珠の歴史の中でもその商業化に成功した国があります。それがスペインのマヨルカ(マジョルカ)島由来のマヨルカ(マジョルカ)パールです。ヨーロッパで培われた伝統技術により製造されており、100年以上の歴史があります。
なおマヨルカパールは、あくまでマヨルカ島で生産された模造真珠のことを意味し、島の近辺で取れる二枚貝によるパールを意味するのではありません。
イミテーションパールの製法としては、幾多にも重ねたパールエッセンスをガラスビーズにコーティングし、最後の仕上げとしてポリマーコーティングを施すという流れになります。この製法により耐久力を高めているのです。
魚の鱗由来のパールエッセンスを利用した模造真珠の製造の特許は1890年に申請され、現在は機械化された製造環境を備えています。なおマヨルカパールのパールエッセンスは「地中海由来の有機物成分を使用」とありますが、その詳細については企業秘密とのこと。
マヨルカパールの特徴はテリ、カラー、形、サイズなどのクオリティー要素が均一に揃うこと、そして耐久性とコストパフォーマンスを兼ね備えたイミテーションパールであることです。
パールの弱点である耐久性をカバーすることで、女性にとっては欠かせないメイクの汚れや汗などに対して抵抗性を持っており、これこそがマヨルカパールがファッションジュエリーにとって欠かせない素材としての強みなのでしょう。
まとめ
模造真珠の歴史に関してまとめると、
- ガラスベースでの模造真珠開発が行われてきた
- 魚の鱗由来の天然成分をパールエッセンスとして使用
- 魚の種類によって光沢、反射が異なる
- 17世紀のフランスで開発された製法が模造真珠製造の礎になった
今回は天然真珠を養殖する、そんな錬金術的な切磋琢磨の裏で商業的に売買されてきた模造真珠の歴史について触れてみました。偽物と本物、模造真珠と養殖真珠には大きな隔たりこそありますが、真珠という美しき宝石が一般層に普及するには、模造真珠という素材が大きな役割を果たしているのです。
魚の鱗に真珠様の光沢を見せる成分が含まれているとは想像が付きませんが、日本でも模造真珠の製造、販売は行われているので、パール好きの方にとって今回のコラムは興味深いものになったのではないでしょうか?
次のコラム:養殖真珠の歴史を振り返る!人々が求めた叡智への旅【3】
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