チラリと小指に覗く男の色気、メンズがジュエリーをクールに楽しむそんな令和時代。メンズ、レディース関係なく身に着けられる「シグネットリング(印章リング)」が大きな流行を見せています。
今回のコラムではシグネットリングの歴史、着用ルールを解説しながら、いかに宝飾業界でシグネットリングが着目されているのかを考察していきたいと思います。
シグネットリングとは?
純粋に美を競う、もしくは自身を着飾る目的でリングが制作されるよりもずっと前のこと。装飾品ではなく、印章(※1)の機能を果たすために作られた指輪がありました。
(※1)金属や宝石に文字やシンボルを彫り、文書に押し付け印痕を付けてサインとして利用するもの。
それを「シグネットリング」または「印章リング」と呼んでいます。私達が自身のサインを判子に託すように、数百、数千年前の人々はシグネットリングを署名目的で携帯していました。
シグネットリング(Signet Ring)の「シグネット」という単語は公式な印鑑、認め印を意味する単語であり、つまりシグネットリングは判子代わりに使われた歴史があります。
紀元前の歴史を誇るヒストリー
指輪一つとってもその起源を辿ると、眩暈を感じずにはいられない歴史があるものです。シグネットリングについても同様で、その始まりはメソポタミアのシュメール文明にまで遡ることができます。
今から5000年以上も昔のことですが、当時は指輪という形より円筒状のシリンダー(※2)に印章を彫り、文書に押し付けて使用したのが始まりです。なお金属製のシグネットリングは、青銅器時代のメソポタミアに初めて生まれました。
(※2)円柱状に研磨した宝石に、文字や図像を彫り印章代わりとして使用したもの。
そして古代エジプトにローマ、ギリシャ時代、ビザンツ帝国を経て西欧の華咲くルネサンス、どの時期にも多彩な形式のシグネットリングが作られました。
もちろんその目的は蝋にベゼルを押し付けて署名として使うものが大半で、イニシャルや紋章が彫られる他にも、様々な機能性や意味合いを含んでいました。
ただし通常シグネットリングは社会的地位がある男性に使用されてきたため、歴史的に女性がシグネットリングを付けることは稀でした。(もちろん君主として降臨した女王などは印章が必要なため、例外的にシグネットリングを着用しました。)
シグネットリングが印章以外に象徴するもの
シグネットリングは宝石や装飾性を全面に出した従来の宝飾品ではなく実用性、象徴性に重きを置かれて制作、着用されていきました。
ここではシグネットリングの意味をより深く理解するために、印章以外に着用されるケースについて解説していきたいと思います。
愛、死
ケースは多くないものの、中世には勿忘草をエナメルで描きロッククリスタルで蓋をしたタイプや、両家の家の紋章を組み合わせて愛のモットー、略語を刻んだラブリングなども残っています。また古代ローマ~ビザンツ帝国時代には、結婚を祝福するキリストと夫婦を彫った結婚指輪も作られました。
一方で死に対する畏敬の念を込めたメメントモリ(※3)を意味する指輪も制作され、死と隣り合わせの日々を過ごす大切さを説いています。その多くは骸骨が描かれています。
(※3)ラテン語で「死を想え」と訳せる人生の儚さを意味する言葉。
職業
職業を表すためにシグネットリングが使われることもよくありました。特に中世の時代には仕事上の取引で必要になるサイン代わりに屋号を彫ったシグネットリングが使われ、これは「マーシャントリング(Merchant Ring)」と呼ばれています。
現在も医師、弁護士などが各々の職業を象徴とするシンボルを刻んだリングを着用することがありますが、古きを辿ると中世にまで遡ることができるのです。
教育機関、共同体
大学などを卒業する際にその教育機関の紋章やモットーが刻まれたシグネットリングが配布されることがあります。日本ではあまり聞かない習慣ですが、欧米の大学では同窓の縦横の繋がりが深く、これらのカレッジリングを継続的に着用する方は少なくありません。
共同体としてはフリーメイソンや十字軍なども互いの連結、帰属を示すためにシグネットリングを利用していました。特に顕著なのが石工ギルドに由来するフリーメイソンで、その等級に合わせ様々なカラー、図像のシグネットリングが制作され啓蒙活動やステータスの誇示に寄与しました。
宗教的意味合い、魔除け
元々、円(まるい輪)は創造力、永遠を表し、丸いベゼル部分にある種のシンボルや護符になる言葉を刻み魔除けとして使われることもありました。
例として挙げるならば、古代エジプトでは再生の象徴であるスカラベ、キリスト教が禁教とされた時代にはイエスを意味する魚が信仰のシンボルとして刻まれました。またグノーシス派(※4)の最高神であるアブラクサス(※5)を石やベゼルに刻んだ護符としてのシグネットリングも見つかっています。
(※4)キリスト教の分派でありヘレニズム期に流行した思想。
(※5)頭部が鶏、胴体が人、脚が蛇で、鞭と盾を持つグノーシス派の異端の神。
なおローマ教皇や枢機卿などは聖職者用のシグネットリングを着用し、サファイアやアメジストなどイエスや聖母マリアと繋がりがあるとされる宝石をセットしていました。そして次の教皇が選出される際には、前代のシグネットリングは悪用を防ぐために破壊され、その慣習は今に残ります。
呪い
興味深い例として、古代ローマ時代のヴィーナスの横顔が彫られたシグネットリングが挙げられます。このリングは、シルウィアヌスが所有していましたが、セニキアヌスの手によって盗まれ「セニキアヌスよ、神と共にあらんことを」と刻まれました。
しかし19世紀になって「セニキアヌスによって盗まれた印章リング」のことを記した呪詛板が見つかります。そこには「指輪が戻るまで、セニキアヌスと名の付く者に呪いをかける」と記されており、このシグネットリングが時を超えた呪物だと判明し大きな話題を呼びました。
イギリス貴族から習うシグネットリング着用ルール
ガチガチのルールがある訳ではありませんが、シグネットリングがもてはやされた時期には、特にイギリスで暗黙の着用ルールが存在していました。
- 家族から受け継がれたシグネットリングを身に着ける
- 利き手と反対の小指に着用する
- 男性の場合は紋章を外側に着用し、女性の場合は内に向けて着用する
- 貴族や聖職者の場合、着用者の死後は破壊される
- 自身と関係ない肩書、称号のシグネットリングは着用できない
- 王冠を冠したデザインは貴族、王族の称号がある場合のみ
- 18歳を迎えた際に父親から贈られる
着用する指に関しては、古い肖像画を見ると人差し指などに着けている場合も多く、印章としての使いやすさや個人の好みで変わったようです。(国によってもルールは異なり、フランスでは長男の場合は左手薬指、イギリスでは原則的に小指への着用が望まれます。)
なお現代の英国王室でもチャールズ皇太子は、結婚指輪と重ねる形で小指にシグネットリングを身に着けています。
現代のシグネットリング着用シーンで考慮すべき点は少なく、もし結婚をしているならばどちらかの薬指に着用することで、既婚か否かを判断されることがあるくらいです。
なぜシグネットリングが人気を集めているのか?
男性貴族や王族から始まったシグネットリングの歴史。しかしそんな伝統を乗り越えて、現代流に消化されたシグネットリングが大きなトレンドになっています。
シンプルなスタイルが男女共通の人気
シグネットリングはメンズジュエリーの代表格と言えますが、実際はメンズ、レディースに関わらず人気を集めています。気軽には身に着けられない由緒正しき紳士の宝飾品、そんな伝統は影を潜め、現代流にシグネットリングを嗜む男女が増えているのです。
なぜシグネットリングがジワジワと人気を呼んでいるのかを考察すると、まずそのシンプルな形状に装飾性の少なさが挙げられます。どんなワードローブのお洒落をしても、指先が悪目立ちせずにまとまるファッション性の高さ、それが伝統を超えたシグネットリングの楽しみ方、真髄なのでしょう。
真円、楕円もしくは台形のベゼルにイニシャル、家紋、シンボルを刻んだオーダーメイドを身に着ける本格派もいれば、数多く市場に残るアンティーク作品を指に収める方も多いです。
昔は他の家の紋章のシグネットリングを身に着けるなど言語道断でしたが、現在は契約の遂行という堅苦しい伝統や名誉、権力の象徴という側面は薄れ、よりカジュアルに図像の美しさを楽しむツールとして機能しているようです。
一言でシグネットリングと言ってもシャープなタイプから無骨なデザインまで、地金のみのリングから半貴石を利用したものなど多種多様で、多くの選択肢から選べる楽しみも人気の秘密かもしれませんね。
有名ブランドのシグネットリング
ジェンダーレスなシグネットリングはインフルエンサーやセレブリティーの間でも人気を博し、クラシカルなデザインに触発されたモダンなシグネットリングを着用しています。
彼らの影響力と共に有名ブランドもシグネットリングを多く取り扱い始め、ティファニーでは昔ながらの趣きを投影したメンズシグネットリングを販売し話題を呼びました。なお彼らが発表したメンズ用エンゲージリングについても、シグネットデザインのダイヤモンドリングなので、今後シグネットリングが男性用婚約指輪を兼ねたトレンドになるかもしれませんね。
まとめ
シグネットリングの特徴をまとめると以下のようになります。
- 紀元前5000年に遡る歴史がある
- 男性が着用する印章として機能した
- 時代によって様々なルールがある
- イニシャルや紋章以外にも様々なシンボル、意味が込められている
- 現代では性別を問わず人気を博している
日本でも自身の家の家紋やイニシャルを特注のオーダーメイドとして発注し、小指や薬指に着用する男性が増えてきました。昔ながらの用途で使用されることはなくなり、個人的なシンボルやアイコンを表現できるシグネットリングは、新しいメンズジュエリーの起爆剤になることが予想されます。
モダンに消化されたシグネットリングは、伝統的な自身の家柄、地位を誇張するものではなく、カジュアルにパーソナライズ可能なお洒落ツール。
欧米では何の変哲もない普通の中年男性が、小指にキラリ光る大ぶりのシグネットリングを何気なく着用していたりします。日常生活に溶け込む印章リング、着飾らない指先のお洒落ができる男性、それこそが現代流の紳士の姿なのかもしれませんね。
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