故人の思い出に涙し、そして安らかな眠りを祈る時、あなたはどんなジュエリーを身につけますか?ジュエリーはTPOに準じて使い分けますが、特に喪に服する際は控えめな色合いの真珠やオニキスなどを身に着けるのが一般的です。
しかし海外に目線を向けると、ジェット(Jet)という宝石が喪服に合わせて身につけられてきました。今回は100年以上も昔から、死者と向き合う為の宝石と呼ばれた石、ジェットという宝石を解説していきます。
ヴィクトリア女王がモードを牽引した喪用宝石、ジェット
ジェットとは有機物からなる宝石で、先史時代から宝飾品加工を施され洞窟や遺跡から見つかっています。黒色の艶感のあるジェットはビロードのような美しさで人々を魅了し、魔除けの力を持つともいわれてきたのです。
またジェットは喪服用のジュエリー、アクセサリーとして身に着けられ、宝飾史の中でモーニングジュエリー(Mourning Jewelry)の一つとして重要視されるようになっていきました。
ジェット特徴基本情報
化学組成 | 有機物 |
---|---|
結晶系 | – |
モース硬度 | 2.5~4.0 |
劈開 | なし |
比重 | 1.32 |
屈折率 | 1.660 |
複屈折率 | なし |
多色性 | なし |
ジェットの特徴と歴史を解説
手に取ると分かる、その独特でシルキーな艶と光沢、吸い込まれそうになる黒色。ここではわかりやすくジェットの鉱物学的特徴から、興味の扉をノックする伝説等を紹介していきます。
そもそもジェットとは?
まずジェットは無機質、結晶質の宝石ではなく、真珠と同様に自然が生んだ有機物です。つまりは松柏科の木が海底に沈み分解され泥化して誕生した一種の化石と言えば正解でしょう。
磨くとこってりした黒味を帯びることから、象牙の白と対比され様々な文学作品でジェットの美しさが語られています。和名で黒玉と呼ばれ、多量の炭素を含む物質でモース硬度は2.5~4.0と非常に脆弱ですが様々な宝飾品へ加工されています。
由来が植物であり、アンバー(琥珀/こはく)同様に海岸に打ち上げられて見つかることから、ブラックアンバーという別名も持ちます。
ジェットの産地
ジェットの一大産地としてはイギリスのウィットビーが挙げられますが、スペインやフランス、ドイツ、アメリカなどでも産出します。欧州の各地で取れるジェットですが、実際加工に向いているのはイギリス、スペインのものが中心です。
ウィットビー産は古代からのジェットの産地として知られ、粘着力と強い柔軟性を持つことから耐久性があり、宝飾品加工として最も適したジェットと言われます。一方でスペインのもの、特にガリシアのジェットはしばしイギリスに輸入され、その柔らかさを活かしてビーズ状のロザリオや聖人像を彫刻するのに多用されました。
ジェットの伝承、伝説
少なくとも5000年前にまで遡る宝飾品としてのジェットは、ある特異的な効能を信じて身につけられてきました。どんな宝石にもその外観や硬度などを鑑みた魔術的側面が付随するのは一般的ですが、ジェットの場合は以下のような効能を見せると信じられました。
- 邪眼から身を守る
- 焚いてくゆらせると悪魔を追い出せる
- 処女性を確認する為にジェットを入れた水を飲む
- 粉末化したジェットと水を混ぜ、飲用すると歯が抜け落ちない
どれもこれも迷信的なものばかりですが、燃やすと特徴のある油臭を発する為、これが未来を占ったり、邪悪なものを排除したりする効能と結び付けられたようです。
しばし黒いトルマリンであるショールと混同され、帯電性が魔術的効能に結ばれることもありましたが、結論づけるならば漆黒の黒と強い匂い、煙が多くの伝説の発生源になったと考えられます。
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モーニングジュエリーとしてのジェットの役割
「モーニング(Mourning)」という言葉は「喪中・哀悼」などという意味ですが、ジュエリーには故人を哀悼する目的で身に着ける、または個人的な感情を込めたモーニングジュエリー(Mourning Jewelry)というジャンルがあります。
故人を偲ぶ為のジュエリーは現代では遺髪や遺骨を使った人工ダイヤモンド、それらを核として使った人工パールなどがありますが、19世紀には漆黒のジェットを使ったものが身につけられていました。ここでは故人を追悼する目的としてのジェット、そしてその歴史について解説していきます。
ヴィクトリア女王が愛し着用した喪用の宝飾モード
ジェットを語る上で欠かせない人物を挙げるならば、19世紀イギリスを統治していたヴィクトリア女王です。流行の色、宝石は常に影響力のある人物に感化されますが、ジェットの流行を仕掛けた人物がヴィクトリア女王でした。
夫君であるアルバートが崩御し、その死後40年間に渡り喪服で過ごした女王の愛情深さ、根気には参りますが、その際に身に着けたのがジェットの宝飾品でした。長きに渡る間にジェットが身につけられたこともあり、上流階級の間で漆黒の喪用ジュエリーとしてのジェットが流行。
この種の宝飾品をモーニングジュエリーと言いますが、故人の頭髪をセットした金のジュエリー、生没年とイニシャルを入れ髑髏模様を刻んだ金の指輪よりも、ジェットは随分安価だったことも流行の追い風になりました。供給が追い付かなくなった為、スペインから若干質の落ちるジェットを輸入し、ウィットビーの街には大小数百のジェット工房が誕生し、黒一色の街になったそうです。
近代ファッションとしての取り入れ方
ジェットは日本の皇室でも、故人を偲ぶ際に身につけられてきました。イギリスの伝統的な慣例が日本でも同様に見られることに感銘を覚えますが、厳かな場以外でもジェットは身につけられています。
コンテンポラリーとアンティークの融合と言えば大げさですが、シックなジェットをシルバーなどでセットしたもの、フラワーモチーフのネックレスやアンクレット、アンバーやレザーなどと組み合わせたデザインも人気です。
その時代、文化背景を考えるとカジュアルなファッションに転用するのは賛否両論があるかもしれませんが、その美しさを最大限生かしたジュエリーは、ファッションの舞台だけでなくメンズジュエリーとしても人気を博しています。
ジェットの代用品一覧
ジェットは安価な素材ですが、より手に届きやすいものとして多くの類似石が使われました。その例としては沼地に埋まった炭化したオーク材のボグオーク、フレンチジェットと呼ばれる黒ガラス、黒曜石などがその例です。
また人工硬質プラスチックであるベークライトもジェットの代用品として使われましたが、ウィットビー周辺の工房では粗悪品、類似石がウィットビー産ジェットとして販売されることに業を煮やしていたそうです。
まとめ
ジェットの特徴をまとめると以下のようになります。
- 伝統的に喪用のモーニングジュエリーとして利用された
- 木片が化石化したもの
- イギリスのウィットビー産のジェットが良質
- 先史に遡る歴史と伝承が残る
- 19世紀ヴィクトリア女王が長きにわたり身に着けたことで流行した
そんな厳かで神聖な宝石としてイギリスを中心に流行を呼び、モーニングジュエリーとして利用されてきました。現在はよりカジュアルなデザインにも利用され、ジェンダー関係なく楽しめる、そのファッション的な側面も評価されています。
しかしながら最近は中国の安価なジェットが多く市場に流通しており、これらは偽物ではないものの、イギリス、スペインのものと比べて低品質なので、購入の際には注意が必要です。
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