キュートで女心を溶かすターコイズブルー、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)によって買収されたティファニーには数多くのドラマに歴史が詰まっています。「ティファニーで朝食を」をイメージする方もいれば、6つの完璧な爪でダイヤモンドをセットしたティファニーセッティングを思い浮かべる方もいるでしょう。
今回はそんなティファニーを支えた縁の下の力持ち、ジョージ・フレデリック・クンツ博士に注目。彼が発見し、そしてその名を冠したある宝石の物語の1ページを覗いてみましょうか!
ティファニーとクンツ博士
ティファニーの前身となるティファニー商会がニューヨークに設立されたのが1837年。当時は輸入商品を扱う店舗から出発したティファニー、まさか世界の女性を虜にする宝飾ブランドに成長するとは誰が想像できたでしょう。
ティファニーが一つのブランドとして君臨するには、ある宝石学者との出会い無くして語れません。そう20世紀の偉大な学者ジョージ・フレデリック・クンツ博士(George Frederick Kunz)ですね。
彼はモンタナで見つかった石をサファイアと鑑別し、モルガナイトの産みの親としても知られます。なおクンツ博士の死後もティファニーは企業として彼の意思を受け継ぎました。そしてティファニーで働く後世の学者や宝石鑑定士が、ツァボライト(グリーンガーネット)やタンザナイトの命名に関わっています。
クンツァイトはどんな宝石?クンツ博士との関係についても解説
ティファニーは二人のジーニアス、つまり天才を抱えていました。一人はデザイン全般を担当したポールディング・ファーンハム(Paulding Farnham)(※1)、そして件のクンツ博士です。
(※1)ティファニー全盛期のジュエリーデザインを手がけ、1889年のパリ万国博では出品作「蘭のブローチ」で金賞を受賞。
ここではまずクンツ博士の紹介と共に、ティファニージュエリーお馴染みのクンツァイトについてを解説していきます。
ジョージ・フレデリック・クンツ博士とは?
By Unknown author – Yogo The Great American Sapphire, by Stephen M. Voynick, c. 1985, March 1995 printing, p. 32, Public Domain, Link
何度でも言いましょう、1900年代を最も闊達に世界を周り多くの新しい宝石を発見し、宝飾史に功績を残したのがジョージ・フレデリック・クンツ博士(1856~1932)です。まず彼の経歴から簡単にお話ししましょう。
現代のようにGIAやFGAなど宝石学をカジュアルに勉強できなかった当時、クンツ博士は独学とフィールドワークを通じて宝石を学んでいきます。
ニューヨークの単科大学であるクーパー・ユニオンで学びますが、若き日のクンツ博士がコースを満了し学位を得ることはありませんでした。しかしながら彼が集めた鉱物は4000種類を越えており、それらはミネソタ大学に買い取られるほどだったそう。
そして彼が23歳の時にティファニーを訪ね、彼の宝石に対するパッションと才能を買われ採用されるという偉業を達成します。
その後は宝石収集家であったモルガンが資金面で援助し、現在メトロポリタン美術館に所蔵されるような宝石から真珠のコレクションまで、ティファニーブランドの枠を越えた活動を見せたのでした。
クンツァイトの特徴を解説
さてここで本題のクンツァイト(Kunzite)の特徴についてをまとめていきたいと思います。
鉱物種 | スポジュミン |
---|---|
化学組成 | LiAlSi2O6 |
結晶系 | 単斜晶系 |
モース硬度 | 6.5~7.0 |
屈折率 | 1.660~1.676 |
比重 | 3.18 |
劈開性 | 2方向に完全 |
多色性 | あり |
蛍光性 | 紫外線長波/短派にてピンク~赤色蛍光 |
この宝石は言わずもがなクンツ博士の功績に因んで命名されています。(通常人物名が宝石に冠される場合は、〇〇イトと命名されます。例えば日本人の岩石学者杉健一氏によるスギライト、モルガン財団のジョン・モルガンによるモルガナイトが代表例です。)
まず注意してほしいのはクンツァイトは単独の宝石名ではなく、スポジュミン(和名:リシア輝石)と呼ばれる鉱物種に属する宝石の一つです。淡いライラックピンクに輝く宝石はアジア圏ではあまり人気がありませんが、アメリカではポピュラーな宝石として認知されています。
強い劈開性と多色性があることが特徴的で、火成岩の一種であるペグマタイト鉱床を持つアメリカ、アフガニスタン、ブラジルなどが主な産地です。大きなカラットの原石が産出することもあり、同じピンク~赤色系統の宝石(例えばルビー、ピンクサファイアなど)と比べても、大ぶりなカットも可能になります。
美しい桜色の色素要因はマンガンであり、その含有濃度が高くなるほど、クンツァイトのカラーが強くなり高価に取引されるようになります。
クンツァイトの退色性
クンツァイトに関しては、ルースを愛でるもしくはクンツァイトがセットされた宝飾品を身に着ける際に用心が必要です。その理由としてクンツァイトは、紫外線によって色の退色が起こる可能性があるからです。
産地によって退色する石とそうでない石に分かれますが、退色した石は放射線または熱処理を加えることで元の色合いに戻すことも可能です。この退色の原因についてですが、紫外線を浴びることで、クンツァイトの結晶構造の一部が破壊されてしまう現象(カラーセンターと言います)が原因になります。
クンツァイト以外にもアメジストやスモーキークォーツなどでも同様の現象が確認されているので、朝~夕の着用の際にはくれぐれも用心してくださいね。
クンツァイトの変種について
スポジュミンは含有する遷移元素によって異なる色合いを見せるようになり、今回お話ししているクンツァイトはマンガン由来のスポジュミンです。しかし実際は異なるカラーの変種が複数存在しています。
クンツァイト同様に固有の宝石名が付けられているスポジュミンの変種は、美しいエメラルドグリーンを呈するヒデナイト(Hiddenite)。こちらはクンツァイトとは異なりクロムが発色要因であり、アメリカのノースカロライナ州やブラジル、マダガスカルなどで発見されています。
それ以外にも紫、黄、青などのバラエティー豊かなスポジュミンが存在していますが、それらには固有の名称が無く、〇〇スポジュミン(〇〇にはカラーが入ります。)と呼ばれています。
クンツァイトを巡る命名のお話し
クンツァイト=クンツ博士、と耳にタコができるくらい皆さんにも伝わっていると思いますが、その宝石の発見には現代でもあるあるの「命名は俺がするべき!」というゴタゴタがあったそうです。
誰が謎の宝石の名前に冠されるべきなのか?
宝石の第一発見者?それとも未知の宝石を特定した者が、宝石の命名権を持つのでしょうか?難しいラインですが、この手の争いは今回ご紹介しているクンツァイトの歴史を語る上でも興味深い知的材料になります。
何度も申し上げますが、クンツァイトはクンツ博士の功績に因んで命名されていますが、実は彼はその宝石の第一発見者ではありません。クンツ博士にトルマリンと思しき謎のピンク色の石(クンツァイト)を提供したのは、フレドリック・シックラー氏。1902年の12月に遡る、クンツァイトの歴史のごく初期になります。
その石はヒリアート山脈にあるホワイトクイーン鉱山で採掘されたと言われますが、実はこの同時期にパラチーフ鉱山で同種の石をフランク・サーモンズ氏が発見しています。そしてその当時多くの人々がフランク・サーモンズが未知なる宝石(クンツァイト)の発見者として、彼を称えていたのです。
またフランク・サーモンが発見するよりも約9カ月前に、シックラーがクンツァイトを発見したホワイトクイーン鉱山にて、ペドロ&ベルナルドなる二人のフランス人が、密かに同じ種の石を発見していたことも判明。
複数の発見者と宝石の特定者(クンツ博士)がいる混乱した状態で、どの人物に敬意を表す名前を付けるべきなのか?非常に悩ましい決断でしたが、最終的にはノースカロライナ大学のサイエンス科教授であったチャールズ・バスカービルが、クンツ博士の名を冠したクンツァイトと命名するのでした。
しかしながらこの史実を踏まえれば、クンツァイトが別の発見者の名前を元に命名されていても不思議ではありませんよね。
なおシックラー氏と認定されている写真の裏面には、「シックラナイトまたはクンツァイト、サルモナイトとして知られるライラック色のスポジュミン共同発見者、フレドリック・シックラー。」という自筆の文字がしたためられています。
まとめ
K10 クンツァイト ネックレス| L&Co.(エルアンドコー)
クンツァイトに関してまとめると以下のようになります。
- クンツ博士の功績を称えて命名された
- スポジュミンの一種でマンガン由来のピンク色を呈する
- 劈開が強くカッター泣かせの宝石である
- 多色性がある
- 紫外線にあたると変色する場合がある
宝石としては決して高価な石ではありませんが、カラットの大きさ、透明度の高い淡いピンク色がゆえ婚約指輪としても最近は人気を博しています。
宝石が持つ命名や採掘者の存在は、宝石の美しさに比べて表に出ることはあまりありません。しかしそこに隠れている人間ドラマがあるからこそ、宝石は内包と共に大いなるロマンを呼ぶのでしょうね!
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