日本の宝飾品業界は欧米と比べて歴史が浅い史実があります。それでも昭和期にはオリジナリティの高い、職人技がキラリと光るMade In Japanの宝飾品が多く制作されました。
箪笥の中にそっと眠る、母、祖母から受け継いだ指輪にネックレス……etc 。今回はそんな昭和期に制作されたジュエリーにスポットライトを当ててみようと思います。
昭和ジュエリーとは?
昭和ジュエリーという言葉は、あくまで日本の時代区分に当て嵌めた用語です。日本においてハイカラな指輪が極々一部の上層階級に愛でられたのが明治時代。(華族や宮家では欧州のジュエリーを身に着ける場合もありました。)
同時代に一部の身分を除く刀帯が禁止される廃刀令(※1)が発布されて以降、刀剣製造に代わりかんざしや帯留めなどを皮切りに、職人たちが宝飾品制作に舵を切っていくのが日本の宝飾品製造の原点になります。
(※1)士族の帯刀を禁じた法令。1876年[明治9年]に布告。
日本のジュエリーと言えば80、90年代のゴテゴテのザマス系宝飾品が目に浮かびますが、日本の伝統技やオリジナリティーなど、面白い発見が多々見られるのが昭和初期~中期の宝飾品です。
ここではバブルの息遣いを感じるような宝飾品ではなく、日本のジュエリーの奥ゆかしさ、職人技を感じられる時代の昭和ジュエリーについて解説していこうと思います。
昭和ジュエリーの面白さとは?宝石と地金使いから卓越の職人技を考察
まずはここでは昭和の時代に見られるジュエリーの特徴についてを解説していきたいと思います。
昭和ジュエリーに見られるモチーフと技法
昭和時代に制作された宝飾品は現代のようなパーフェクトなデザイン、しっくりくる石合わせと言うよりも、当時波に乗っていた日本の経済を象徴するようなダイナミックさがあるように感じます。
ただし単に存在感が強いだけではなく、然りとそこに職人たちの息吹きを感じさせるディテールが見られます。現在ではキャスト、CADでの制作が一般的になっていますが、昭和時代に制作された宝飾品の多くはキャストによらない、0からの手作りのものも少なくありません。(※2)
(※2)日本における鋳造は昭和30年代に開発されました。
現代の作家はしばし昭和時代の宝飾品を見て、同じ技能で同一のジュエリーは制作できないと言います。その理由が昭和ジュエリーが持つ細部の細かさとデザインです。今でこそ定番のミルはお手本のような、寸分の狂いもない等間隔、大きさのミルが打ち込まれているリングやブローチも少なくありません。
また独特の技法、デザインとして挙げられるのが以下のようなものです。
千本透かし | 糸鋸で細かく窓状に細く切り出す加工 |
---|---|
高彫り | 模様を立体的に浮き上がらせるように彫ること |
唐草 | 薄い金属を曲げた唐草模様の透かし |
菊爪 | 菊の花びらを模した留め方 |
捻り梅 | 梅の花を思わす捻りのある爪による留め方 |
二段腰 | サイドに光を透過する為の隙間 |
これらは主に指輪で見られる技法ですが、非常によく見られるモチーフなので、質屋などで古い指輪を見つけた際は是非細部まで観察してみるといいでしょう。
合成宝石が大量に使用されている理由は?
日本人の琴線に触れる昭和時代のジュエリーには、非常に多くの合成石または類似石(または模造石)が使われています。
- 合成スピネル
- 合成サファイア
- 合成コランダム
などはもはや昭和ジュエリーの準主役と言っても過言ではない登場過多の合成宝石です。内包が一切ないクリアな透明感、プルプルのパンキッシュカラーの石がセットされていれば、大概天然ではなく合成石と考えていいでしょう。
合成石全盛の時代背景には天然宝石の価格高騰や、シンプルかつ大粒なカラット(カボションやマーキスなど)を大胆にセットした指輪がモードであったのも影響していたと考えられます。
バブルガムピンクの合成ルビー、またはスカイブルーの合成サファイアなどをドーンと留めたシンプルな指輪は、しばしキャンディリングと呼ばれ、昭和ジュエリーのアイコンとして現在も人気です。
またダイヤモンドの輝きを模した類似石として、合成ルチル(チタニア)(※3)、合成ガーネット(イットリウム・アルミニウム・ガーネット、ガドリウム・ガリウム・ガーネットなど)(※4)、チタン酸ストロンチウム(※5)も多く見られ、現代では合成ルチル、チタン酸ストロンチウムは希少性の高い合成宝石として取引されています。
(※3)非常に強い屈折率と分散を持つルチルの合成宝石で、現在は製造されていません。チタニアダイヤと呼ばれたこともありました。
(※4)天然ガーネットと同じ結晶構造を持つ合成宝石。同じ化学組成ではありません。
(※5)非常に強い分散があり、合成ルチル同様にダイヤモンドに似た類似石として流通しました。
モダンの価値観で考えれば、合成宝石はカジュアルなトラベルジュエリーやアクセサリー向きかもしれませんが、昭和の時代においては欧米の科学技術を一挙搭載した石に対し一定の価値を置いていたのかもしれませんね。
現代では見られない地金
個人的に日本の宝飾史の中でより評価を再考すべきなのが、昭和初期~中期の宝飾品だと思っています。資産性という側面ではなく、忘れ去られた忘却の技法、歴史の1ページを覗かせる当時のモードや価値観に触れることができる、そして令和の現代でも楽しめるジュエリーが多いからです。
前置きが長くなりましたが、その当時の日本ではプラチナ、ゴールドの高価な地金素材に変わる独特の素材が使われる場合も少なくありませんでした。
例えばサンプラチナはプラチナと名が付いていますが、ニッケルを主体とした白金色合金であり、1930年に開発されました。Sun Platinumという綴りで、しばしSPMと呼ばれ歯科用材料などにも使われました。
またかなり生産が制限されるものの、ホワイトコインと呼ばれるニッケル、クロムによる合金もしばし見かけます。貴金属とは異なる合金ですが、それでもしっかりと蜜なミルが打たれたり、パールや翡翠などがセットされているものも少なくなく、なかなか興味深い組合せのジュエリーが多数ある点は面白いですよね。
昭和ジュエリーの価値とレトロノスタルジー
ここでは昭和ジュエリーの価値と、現代女性の心を掴む理由についてを考察していきます。
昭和ジュエリーが残っていない訳
昭和時代に制作されたジュエリーはしばし眼鏡店や質屋、古くからある宝飾店などで見かけることができます。しかしその歴史的背景や興味深さに反比例するかのように、多くの昭和ジュエリーが地金としての価値を見出す為に溶かされているのです。
素晴らしい千本透かしを施したジュエリーが単なる地金素材になる理由として、金価格の高騰、一向に良くならない景気に、終活・断捨離マインドの植え付けなども背景にあるのでしょう。ブランド志向や宝石ありきのデザインジュエリーばかりに注目が集まること、また日本の伝統技法に対する無知も考えられます。
勿論ミキモトやデパート、時計・宝飾店によるカタログジュエリーなどは化粧箱と共に残り、ネットオークション等で高価な値段で取引されることはありますが、あくまで一握りのジュエリーに限定されます。
悲しきかな昭和のジュエリーはその魅力が過小評価されている傾向があるのは、やはり事実なのです。
大ぶり族歓喜!レトロコーデをカジュアルに楽しめる女子に人気
それでも昭和時代に制作された宝飾品、特に指輪はジワリジワリと女性の心を惹きつけています。実際蓋を開けてみれば、匠の技法と言うよりも、ファッション性の高い色石が日々のコーデ―を彩ってくれます。
キャンディリングはその代名詞であり、合成宝石のケースが多いものの、フォトジェニックな手指のお洒落がお家時間、在宅ワークの美的スパイスになるからでしょうか。
実際オンラインやインスタグラムでも懐かしのレトロコーデと共に昭和に制作されたリングの写真を掲載している女性が増えているそうです。
まとめ
昭和ジュエリーに関してまとめると以下のようになります。
- 昭和初期~中期に制作された宝飾品が注目を浴びている
- 千本透かしや捻り梅などの独特の技法が見られる
- 合成コランダムやスピネルなどの合成石を多用
- 多くの宝飾品が地金用に溶かされてしまう
- 徐々にレトロジュエリーとしての注目を集めている
この時代の宝飾品はアンティークと言えば新しすぎますし、ヴィンテージと言えば古すぎる、無理やり区分分けをするのならレトロジュエリーと言えるでしょう。
好き嫌いがある石使いであったり、モダンさを感じづらいジュエリーも多いですが、それでも石や地金の価値では測ることのできないプライスレスな魅力があります。
母や祖母などその指先、首元にしっぽり昭和の面影が隠れているそんな場面は決して少なくないはず。ぜひ机の中のタイムマシーンを操縦するそんな気分で、日本の宝飾史の断片、当時のモードや職人たちの匠の技を堪能してみてくださいね。
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