ベリリウム拡散処理、見ただけでクラクラしてしまうような破壊力抜群な言葉の羅列。宝石には加熱を筆頭にそれは様々な人為処理が大なり小なり施されていますが、その中でも特に危惧されるべき処理として挙げられるのが「ベリリウム/Be 拡散処理」です。
多様化を極める人為処理の中で、元素を付加した上で加熱を施す処理は特にルビー、サファイアなどのコランダムでよく見られ、劇的な色の向上が見られます。魅惑的ではない暗青色のサファイアを鮮やかな色合いに、無色から黄色のサファイアが美しいピンクオレンジ色へetc……。
今回のコラムでは分かりやすく、消費者目線でベリリウム拡散処理の定義を解説し、パパラチアサファイア販売の際に留意したいポイントをまとめていきたいと思います。
ベリリウム拡散処理とは?
「ベリリウム拡散処理」とは、軽元素であるベリリウムを浸透させて加熱をする処理のことです。見た目の美しい色合いとはあべこべに宝石の価値に大きな打撃を与えるこの人為処理は、2001年の12月、宝石の故郷タイで開発されたと言います。
- 加熱処理… 色合いやクラリティー改善のために宝石を高温にさらすこと
- 拡散処理…加熱処理の一つ、加熱時に特定の元素を付加した上で加熱をすること
- 表面拡散処理…表面のみに作用しコーティングのような働きをする処理
- ベリリウム拡散処理…表面拡散で付加される元素より小さな原子半径を持つベリリウムを浸透させて加熱をする処理
拡散処理とは宝石の色合いやクラリティー改善のために人為的に施される加熱処理の一つです。色合いや透明度は加熱をするだけでグンと高まりますが、加熱時に特定の元素を付加した上で加熱をすることを拡散処理と言います。
それが表面のみに作用し、いわゆるコーティングのような働きをするタイプが表面拡散処理で、その場合はチタン、クロムなどが主な付加元素になります。また表面拡散処理の場合、ルチル化したチタンによりアステリズム効果(※1)を付加することも可能です。
(※1)宝石内部にあるルチルなどの針状結晶により、複数の線条が出現し星のように見える光学現象。
一方ベリリウム拡散処理の場合は、表面拡散で付加される元素より、より小さな原子半径(※2)を持つベリリウムを加えて加熱をする処理です。1800度程度の高温加熱を施すことにより、宝石の深部にまで到達できる元素ベリリウムは、加熱の時間によって異なる深さ、色合いを浸透させることが可能になります。
(※2)原子を球形と見なした時の半径。
通常このベリリウム拡散処理が行われるのは、ルビー、ブルーサファイアを含むコランダムであり、特にイエロー、ピンク~オレンジ系のサファイアに多く見られます。なお軽元素であるベリリウムの浸透を確実にするため、研磨の必要がある原石には通常ベリリウム拡散処理は行いません。
パパラチアサファイアにおけるベリリウム拡散処理の実態
パパラチアサファイア、その色合いはトロピカルフルーツ、もしくは夕焼け色など様々な形容を持っています。日本ではサーモンピンクの色合いが人気ですが、パパラチアサファイアは同じコランダムであるブルーサファイヤ、ピンクサファイア以上に評価されているファンシーカラーサファイアです。
しかしパパラチアサファイアには加熱もしくは拡散処理が日常的に施されており、特にベリリウム拡散処理の有無がその価値を大きく左右し市場に混乱を起こしているのです。
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ベリリウム拡散処理有りのパパラチアサファイアの価値
結論からいうと、ベリリウムによる表面拡散処理が施されたサファイアは、どんな美しいパパラチアカラーだとしても、それが評価価値に反映されることはありません。
ベリリウムによる拡散処理はオレンジ、オレンジピンク、ローズオレンジ、橙など微妙なトーンの発色が鮮やかに浮かび、非常に高いクラリティーの外観を見せますが、宝石としての価値はほぼ皆無と言う事実は変わりません。
ベリリウム拡散処理を見抜く鑑別方法は?
さてここでどのようにしてベリリウム拡散処理の有無を見抜くのかを検証してみましょう。
- 屈折率の高い沃化メチレン液等に浸漬して拡散光で観察(※3)(深部まで浸透していない場合のみ)
- 高熱の影響を受けたインクルージョンの存在の有無(ジルコンの変形や気泡など)
- 誘導結合プラズマ質量分析(LA-ICP-MS)での破壊検査(髪の毛程の穴を開ける)
(※3)宝石の外縁部の色の浸透(リム)を液浸により判断する。
市場に出ているコランダムの多くが加熱処理を施しているため、インクルージョンの状態のみを見てベリリウム拡散処理の可否を判断することは難しいのが現状です。また最近は低温処理によるベリリウム拡散が行われている厄介なパターンも見られます。
そのため、ベリリウム拡散処理を見抜くには、最先端の誘導結合プラズマ質量分析(LA-ICP-MS)などを利用して看破するのが理想的です。
ただし昨今、人為的ではない天然由来のベリリウムがサファイアで検出されていることも判明し、鑑別機関においてもベリリウム拡散処理の有無の確認がより難しくなってきています。
ベリリウム拡散処理にどう向き合っていくべきか?
ベリリウム拡散処理はパパラチアサファイアのみで見られる処理ではありませんが、昨今急増しているトラブルはパパラチアサファイアとして販売されている石のベリリウム拡散処理の扱いについてです。
ここではベリリウム拡散処理との向き合い方、そして消費者との信頼関係の築き方を考察していきます。
パパラチアサファイアに関する鑑別書、安心材料になるのは?
ここで問題になってくるのが仕入れの難しさと、その販売方法です。まず仕入れについてですが、いかに信頼度の高いルートを開拓できるか、そして鑑別機関の鑑別書が付随しているかがカギになります。
- 「軽元素またはベリリウム拡散処理の検査はしていません」との表記がある…確証なし
- 高温加熱処理によるインクルージョン等で判断…確証なし
- AGLに加盟している鑑別機関が発行する鑑別書もしくはソーティングが付帯している…◎
- AGLに加盟していない鑑別機関が発行する鑑別書もしくはソーティングが付帯している…△
仕入れ時に「軽元素またはベリリウム拡散処理の検査はしていません」という一言が書かれている鑑別書も多く、このような石を購入してパパラチアサファイアとして販売する際はトラブルになりかねません。
前項でお話しした通り、高温加熱処理によるインクルージョン等である程度判断は可能ですが、あくまでベリリウム拡散の可能性をふるいにかけているだけなのでその品質保証はできません。
日本国内にはAGL(宝石鑑別団体協議会)(※4)と呼ばれる宝石の品質評価、消費者保護を目的とした団体がありますが、そこに加盟している鑑別機関が発行する鑑別書が付帯しているかを確認しましょう。
(※4)宝飾専門用語、定義の確認や鑑別ルールの統一化、消費者からの相談を行う法人。AGL加盟の鑑別機関の場合は、宝石鑑別の際に同じ基準で鑑別業務が遂行されます。ただし日本にある鑑別機関の全てが加盟しているわけではありません。なおGIAは加盟していません。
A鑑(※5)と呼ばれるGIAや、AGL加盟の鑑別機関による鑑別と、B鑑(※6)と呼ばれるAGLに所属していない鑑別機関では、鑑別書やソーティングの信頼性に相違が生じ、消費者に不安を残すことがあります。
(※5)GIAまたはAGLに所属しているCGL(中央宝石研究所)、AGT(AGTジェムラボラトリー)を信頼性の高い鑑別機関としてA鑑と呼びます。もしくはAGL加盟の鑑別機関を全てA鑑と呼ぶ場合こともあります。
(※6)AGL非加盟の鑑別機関をB鑑、B鑑にも含まれないその他機関をC鑑と呼びます。
それぞれの鑑別機関でパパラチア判定基準となる色の幅が若干異なること、ベリリウム拡散処理を調べる検査機器を完備しているか否か、または非加熱検査のコストの面で、パパラチア判定で最も核になる検査がスキップされることも少なくありません。(特にカラット数の小さいもの)
鑑別書に記載される「ベリリウム拡散処理の検査はしていません」はベリリウム浸透の可能性が高く、そもそもベリリウム拡散処理の検査自体を行っていない鑑別機関もあること。これらの事実を見過ごしてしまうと、パパラチアサファイアとは呼べない宝石が、正真正銘のパパラチアサファイアとして出回ってしまう可能性があります。
そのため「パパラチア判定が出やすい」と言われるようなB鑑やC鑑ではなく、信頼度が高い鑑別機関で「ベリリウム拡散の有無が確認できている」鑑別書、ソーティング付きの宝石を揃えられるかが業者側の今後の課題になっていきます。
色石人気で消費者の知識が向上している盲点
宝石、特に色石に世間の注目が集まる中で、考慮しなければならない点が、消費者の宝石を見る目と意識が非常に高まったことです。
トラブルとして報告されているのが、業者側がパパラチアサファイアとして販売した石(鑑別書付き)を購入サイドが不審に思い鑑別を取り直したところ、ベリリウム拡散処理の痕跡が見つかったというもの。
業者サイドがベリリウム拡散処理の定義を見当違いに解釈したのか、それともベリリウム拡散処理の可能性がありながらもそれを伏せて販売したのか詳細は不明ですが、販売サイドにもモラルある販売が求められる時代です。
まず前提としてベリリウム拡散処理がなされたパパラチアサファイアは、パパラチアサファイアとして呼ぶことや、それを謳って販売することは推奨できません。全ての業者がこの見解に合致したスタンスで販売しているわけではないからこそ、消費者を安心させるためには以下の点に留意してください。
- 拡散処理の有無を記した鑑別書を取得する
- 「通常加熱されています」「ベリリウム拡散処理の検査はしていません」等の記載がる場合は、ベリリウム拡散処理の可能性が高いことを販売時に示す
- 上記の場合でベリリウム拡散処理の可能性を示さない時は、パパラチアサファイアとして販売をしない
- 信頼性の高い鑑別機関を利用する
極々当たり前に感じることですが、鑑別機関でもパパラチア認定の基準が一定とは言い切れないこと、全ての機関でベリリウム拡散を看破できる機器が揃っていないこと、鑑別のコスト面で検査がスキップされる場合があること、などなど消費者が安心できるパパラチア購入の環境が整いづらいのが現状です。
まとめ
ベリリウム拡散処理の特徴をまとめると以下のようになります。
- ベリリウム拡散処理とは、軽元素であるベリリウムを浸透させた色の改変のこと
- 1800度の高温処理を伴い、チタンなどの表面拡散処理に比べて宝石内部まで色が浸透する
- 拡散処理の有無を正確に調べるには高度な技法、機器が必要になる
- 天然由来のベリリウム、低温加熱によるベリリウム拡散も見られ、鑑別が困難を極めている
- 顧客サイドとの間でベリリウム拡散の有無に関するトラブルが多く発生している
ベリリウム拡散処理が見つかってから20年程度経過していますが、未だに宝飾業界では脅威の人為処理として多くのバイヤーを悩ませています。
まず業者側は信頼性の高い鑑別機関で、色、拡散処理・加熱の有無を正確に検査することが前提であり、そしてその結果をあやふやにせず正確に消費者に伝えることが求められます。
顧客が求める宝石は何なのか?パパラチアサファイアに関しては「単に色が綺麗だから購入した」、「加熱だけなら良しとする」、または「厳密な鑑別書付帯の上でベリリウム拡散処理の可能性が排除された石が必須」、この3パターンに分かれるはず。
しかし販売サイドは顧客がどんなニーズを持って宝石を購入したいのか?そしてどの程度の知識を携えているのかが分かりません。だからこそ後々に待ち構えるであろうトラブルを防ぐためにも、持論ではなく業界での共通認識とモラルでベリリウム拡散処理、宝石に関する情報開示をすることが大切になっていきます。
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