バルセロナを含むカタルーニャ地方発祥のジュエリーを、スペイン本国ではカタラン(※1)ジュエリーと呼んでいます。独自の地域性を持つカタランジュエリーの中で、最も名の知れた巨匠がMasriera(マリエラまたはマスリエラ)です。彼らが紡ぐジュエリーの美しさ、その秘密はバルセロナ七宝というエナメル技術にありました。
(※1)カタルーニャ人という意味のスペイン語。
バルセロナにはRamón Sunyer y Clará(※2)、Fuset Y Grau(※3)などの名だたるジュエラーがしのぎを削り宝飾品を製作していましたが、その中でもマリエラは世界的な名声に彩られた宝飾ブランドです。
(※2)カタルーニャバロックを代表する銀細工、エナメル作家であり、マリエラ創始者の姪の息子。
(※3)マリエラと同時期に活躍し、アイボリー、エナメルを駆使した中世スタイルのジュエリー製作を特徴とした作家。作品は評価が追い付いていない印象。
今回はマリエラが製作しているジュエリーの特徴と歴史をご紹介していくので、知・好奇心の扉を開いてお読みください。
マリエラの歴史
By Àngel Toldrà Viazo – Barcelofilia, CC BY 2.5
まずはマリエラのブランドとしての歴史と紡がれる宝飾品の魅力について解説していきたいと思います。マリエラはカタルーニャ州バルセロナに生まれたブランドで、その歴史は19世紀半ばにまで遡ります。
1839年
Josep Masriera Vidalにより創業
1872年
店舗移転後、Joyería y Platería de J. Masriera e Hijosへ改名
1888年
Exposicion Universal de Barcelonaで出品作品が金賞受賞
1901年
Lluis Masrieraによるアール・ヌーヴォーエナメルジュエリーが発表される
1915年
1766年創業Carreras社と合併
1985年
バルセロナ宝飾メーカー「バゲス(Bagués)」社傘下になり、「バゲス・マリエラ(Bagués -Masriera)」が誕生
2014年
ブランド創業175周年
マリエラはバルセロナの宝飾品業界発展に尽力したジョゼップ・マリエラ・イ・ヴィダル(Josep Masriera Vidal)が創業し、彼の息子であるフランシスコ(Francisco)、ホセ(Jose)、そしてホセの息子であるルイス(Lluis)の3世代で歴史を築いた同族経営の宝飾店です。
1839年に工房が設立された当時は、いわゆる見習いが学びながら親方を目指すという、典型的な中世から続く師弟スタイルの工房だったそうです。
創業者のジョゼップはブランドの代名詞であるエナメル技法の産みの親であり、世代を越えて息子、孫にエナメル技術を伝えていきました。バルセロナの宝飾メーカーとの合併、買収こそありますが、それでもマリエラのエナメル技術が失われることはありませんでした。
なおブランドの成長の陰には、型の存在とデザインごとに色調と宝石を記したガイドブックを制作することで、需要に応えられる生産体制を整えたことが挙げられます。そして現在も同じ手法、モチーフ、配色でマリエラのジュエリーが職人たちの手によって制作されているのです。
エナメル細工と共にマリエラの特徴と言われるモデルニスモ(※4)、つまりは動植物、神話的要素に優雅な曲線、左右非対称のモチーフを持つ宝飾品を制作し、カタルーニャジュエリーのパイオニアとして全世界に顧客を持つブランドに成長していくのです。
(※4)スペイン語でアール・ヌーヴォーを意味。
黄金時代を築いた芸術家Lluisと日本文化の融合
このブランドを語るにあたり、決して無視することのできないのが、創業者ジョゼップの孫であるルイス・マリエラ・イ・ロザス(Masriera Rosés i Lluís)です。
ジュエラーであり多彩な芸術家であるLluis Masrieraの経歴
>彼は1872年に生まれ、家族からエナメル、画を学びながら工房で働き作品造りに没頭します。まだ彼が若干17歳の時にジュネーブへ留学し、リモージュエナメルと呼ばれる七宝技法を学びました。
フランク・エドゥアルド・ロッシェ(Frank-Édouard Lossier)はルイスに伝統的なエナメル技法を教示した作家であり、その繊細な技法はバルセロナで開花したモデルニスモ運動を華やかに彩ることになるのです。
ルイスは偉大な画家であった叔父フランシスコの影響もあり画家として多くの秀作を残し、ルイスが製作する絵画にも宝飾品と同様に自然主義、装飾的な要素が散りばめられています。(ただし絵画は宝飾品ほどの評価は受けていないようです。)
Dragonfly lady brooch, Museu Calouste Gulbenkian, acquired from the artist in 1903
特に訪れたパリで出会ったルネ・ラリック(※5)の作品は、ルイスにとって大きな衝撃だったそうです。また芸術の都で吸収した世紀末美術の華やかさと美しさは、ルイスの血となり肉となり作品に反映されたことは言うまでもありません。
(※5)ルネ・ラリック(René Lalique)はフランスのガラス、ジュエリー作家。アール・ヌーヴォー、アール・デコを代表する芸術家。
彼の顧客は主にブルジョワからスペイン王室、政治家などですが、湾岸都市ならではの異文化が混在した題材、文化を元にした作品はスペイン全土から海外にまで広がっていきました。
マリエラ自社工房にはシアターがあった!?
宝飾品、絵画ほどは知られていませんが、ルイスは劇作家、舞台演出家の顔も持っており、Belluguetと呼ばれる劇団も主宰していました。1920年代は特に彼が舞台美術に情熱を注いだ時期であり、1932年にはマリエラ自社工房の一部をシアターに改造し多くの演劇が営まれたそうです。
1882年に立てられたこのマリエラ工房はバルセロナ凱旋門などを担った建築家ジョセップ・ビラセカ・イ・カサノバス(Josép Vilaseca y Casanovas)の傑作としても知られています。
ただし1951年にこのマリエラ工房は売りに出され、小さな修道院として活用されるものの、2009年以降はすっかり忘れられた遺産としてバルセロナの街の片隅に残り、現在はその価値を見直すべく再利用、観光化が進められています。
Masrieraと日本を繋ぐもの
By Lluís Masriera Rosés – National Museum of Art Catalunya
ルイスは「日本の傘」という作品を残しており、当時流行していたジャポニズムの影響が色濃く反映した絵画を製作しました。19世紀末の欧州では印象派を始めとした芸術家界隈に日本の浮世絵、着物や傘などのオリエンタル要素が人気を博し、絵画やジュエリーに日本文化を感じる作品が多くあります。
パリに訪れたことがあるルイスにとっては、当時のトレンドであり、ブルジョワの嗜好であった日本文化を肌で感じられる環境にいました。その為彼の作品には、鶴、菊、牡丹、百合に葦などのモチーフや、その構成に日本の影響を受けている作品が少なくありません。
ジャポニズムの要素はジュエリーデザイン以外にも、エナメル、絵画のタッチにも現われており、どこか雅でエキゾチックな味わいを感じさせます。
なおマリエラの工房兼シアターでは日本美術を含む多くのアートコレクションが保管され、ルイスの演劇作品では日本文学に触れた「Okaru」、「Fantasia Japonesa」などの演劇作品が上映されたそうです。
Masrieraのジュエリー紹介、そのコンセプトとバルセロナ七宝
マリエラはルネ・ラリックまたはルイス・コンフォート・ティファニー(※6)と並ぶ芸術家と数えられます。ここではマリエラの宝飾品の特徴であるバルセロナ七宝と作品モチーフについて解説していきたいと思います。
(※6)ルイス・コンフォート・ティファニー(Louis Comfort Tiffany)は、ティファニー創業者の息子であり、ガラス工芸作家、ジュエリーデザイナー。
バルセロナ七宝とは?
マリエラブランドから引き離すことができない七宝、しばしそれはバルセロナ七宝と呼ばれています。この技法は前述のルイス・マリエラがジュネーブにて学んだ「リモージュエナメル」に由来します。
エナメル技法自体はビザンチン時代にまで遡り、様々な種類のエナメルが伝わりますが、ルイスが独自に開発しバルセロナに持ち帰ったものが、光を透過する半透明で虹を覗くような煌きがあるエナメル技法。
当時のカタルーニャで衰退していたエナメル技法は、ルイスのエナメルにより大きな盛り上がりを見せ、それをバルセロナ七宝と呼んでいるのです。現在もエナメル技法が息づいているのは日本やスペインのバルセロナ、イギリスのロンドン、フランスのリモージュなどごく限られた国のみになります。
ジュエリーモチーフと代表作品
マリエラはBagues傘下になって以降も、代々伝わったエナメル技法を維持し、イベント、時代に合わせた新しいジュエリーラインを発表しながら、一目でマリエラと分かる宝飾品を現代も紡いでいるのです。
ここではマリエラの特徴的なモチーフをいくつかご紹介したいと思います。
トンボ(Ninfa)
マリエラで最もフェミニンでモデルニスモの流れを汲んだデザイン。女性と自然の融合、トンボを思わせるモチーフは1900~1920年代に大変流行しました。ラリックの作品にも多く登場する定番のデザインです。
タンポポ(Diente de Leon)
モデルニスモ運動の中でしばし用いられたタンポポを主題にしたモチーフ。柔らかなエナメル細工をダイヤモンド、パールに乗せて表現。たんぽぽの花言葉「私を探して、私を見つめて」が込められたようなアンニュイさすらも感じます。
デコ(Deco)
アールデコの要素を取り入れたラインで、Ninfaのモデルニスモよりもより抽象的な図像をジュエリーデザインに消化。古代エジプトにアイデアを得たデザインは、シックな色のグラデーションと色石の組合せで、現代女性にも身に着けやすいモチーフです。
ドラゴン(Dragones)
オリエンタルな要素が付加されたデザインで、ゴールドとエナメルの相性が秀逸で、マリエラ作品の中でも、よりファンタジーの世界観を感じます。
Masrieraの傑作、失われた王妃のティアラとは?
ヴィクトリア・ユージェニー・オブ・バッテンバーグ(Victoria Eugenia Julia Ena de Battenberg)女王の結婚式の為にマリエラにティアラ製作の以来が舞い込み、素晴らしい作品が作られました。しかし現在まで行方が分からないことから「Diadema Desconocida(行方不明のティアラ)」と呼ばれています。
なおこの作品はブルボン王家のシンボルであるフルール・ド・リス、ティアラ前面にカタルーニャの盾紋章、馬と花々がデザインされており、ダイヤモンドとパール、そしてバルセロナ七宝が施された一品でした。
果たしてこの作品がどこかに残り、誰が所有しているのか、そして市場に出たら、どのくらいの評価額が付くのか?マリエラの歴史の一部、最高傑作と言われるこのティアラは、いつかまた日の目を見ることはあるのかでしょうか?
まとめ
Masrieraに関する特徴をまとめると以下のようになります。
- 1839年創業の老舗家業
- リモージュエナメルを基にしたバルセロナ七宝による宝飾品製作が特徴
- ルイス・マリエラがブランドを大きく発展
- ジャポニズムの影響を覗かせるデザイン、色調
- バルセロナの宝飾企業Carreras、Baguesと合併、買収された
バルセロナに吹く異国情緒の風。カタルーニャという排他的な文化を持つ街に息づくモデルニスモの香りは、マリエラ一族が生きた世界から100年以上経過しても変わらず、そこに息づいています。
マリエラのジュエリーを知ることは、宝飾史、美術史の1ページを紐解くこと、是非一度手に取り、そして身に着け、マリエラの世界観を感じてみてほしいと思います。
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