ダイヤモンドにルビー、サファイア、エメラルド……、美しい宝石に潜んでいるトラップとは?今回のコラムではたびたび目にする張り合わせ石について解説をしていきます。パッと見ただけではキレイな天然宝石、でも実際はダブレット、トリプレット?!
実は非常に興味深い模造宝石の一種、「張り合わせ石」のリアルに迫ります。
はじめに
宝石をより美しいものに見せること、それはまさに叡智を集結した試みの1つでした。古代エジプトではある宝石を別の美しい宝石に見せかける、そんな特別な技法が編み出されていたと言います。
張り合わせ石については模造、イミテーション、偽物などさまざまな形容が可能ですが、現在溢れている張り合わせ石も悠久のロマンと文化に彩られているのです。
そうは言っても、張り合わせ石は人の手が介入する模造石。今回のコラムでは私達が遭遇するであろう張り合わせ石に焦点を当て、その特性と種類、鑑別方法について解説していくのでぜひ参考にしてみてください。
張り合わせ石とは?
張り合わせ石とは上部のクラウン部分、下部のパビリオン部に同一または異なる素材を接着した模造石の一種です。ダブレット、トリプレット、フォイルバックの3タイプに分類されます。
その目的は外観を天然宝石に似せることであり、張り合わせ石は天然宝石、合成石やプラスチックなど様々な材料で構成されています。(必ず2ピース以上の複合素材になります)
なお張り合わせ石は天然宝石と同様の組成と性質を持つ合成宝石とは異なり、似せる宝石と同じ特性を持たない、いわゆるルックス一辺倒な「人を欺くために作られた」質の悪い模造石です。確かに安価で美しい天然宝石に似せることはできますが、宝石としての価値は一切なく、なおかつ永続性もありません。
ただし別の視点で考えてみると、宝石としての価値はさておき、複数の素材を組み合わせることで脆弱な宝石の硬度を高め(オパールなど)、天然には存在しない唯一無二のカラー、輝きを呈するオリジナルの宝石として命を吹き込むことは可能です。
張り合わせ石も見方次第でポジティブに捉えることは可能ですが、天然宝石と偽り張り合わせ石を販売したり、その情報開示を怠った場合はクレームに繋がるため要警戒案件と言えるでしょう。
代表的な張り合わせ石のタイプ
接着する材料の種類によってさまざまな組合せの張り合わせ石が存在しますが、張り合わせ石は以下の3タイプに分類されます。
ダブレット…2種類の異なる材料を接着したタイプ
トリプレット…3重に貼り合わせたタイプ
フォイルバック…輝きを増す、もしくは透明石に特定の色合いを付加する目的で、ストーンセッティングの際に宝石の下に金属のフォイルを敷く技法
フォイルバックはコンテンポラリージュエリー作家が作品に独自性を出すために利用することもありますが、研磨技術が発達する以前に流行した技法なので現代で頻繁に見かけるものではありません。
最も危惧するべきタイプはダブレット、トリプレットであり、パッと見ただけでは張り合わせの事実に気づかない場合も多くあります。
巷で多く見かける張り合わせ石の具体例
張り合わせ石は前述したように、非常に多彩なパターンがあり、ダイヤモンドや高価な色石だけでなく市場価値の高いレア宝石も模造対象です。(たとえばパライバトルマリンやパパラチアサファイアなど)
ここでは特に重要で抑えておきたいダブレットとトリプレットを紹介していくので、是非覚えておいてくださいね。
ダイヤモンドを模造した透明石
全てダブレット
クラウン部 :合成ホワイトサファイア(ベルヌーイ法)(※1)
パビリオン部:合成チタン酸ストロンチウム
(※1)張り合わせ石に利用される合成石は、インクルージョンが比較的少なく、なおかつ製造コストが安いベルヌーイ法の石が使われる場合がほとんどです。
クラウン部 :合成スピネル(ベルヌーイ法)
パビリオン部:合成チタン酸ストロンチウム
クラウン部 :天然ダイヤモンド
パビリオン部:キュービックジルコニア
クラウン部 :アルマンディンもしくはロードライトガーネット(※2)
パビリオン部:透明ガラス
(※2)クラウン部に赤色宝石の代名詞であるガーネット(アルマンディンまたはロードライトガーネット)を接着する場合が多く見受けられます。薄くスライスしているため、ガーネット特有の赤色が宝石の色合いに影響を与えることはなく、天然インクルージョンの再現が可能です。また比較的高いモース硬度を持つガーネットゆえ、ファセット部の摩耗をある程度防ぐこともできます。
エメラルドを模造した緑色石
ダブレット
クラウン部 :アルマンディンもしくはロードライトガーネット
パビリオン部に緑色ガラス
トリプレット
クラウン部 :ロッククリスタル
パビリオン部:ゴシェナイト
色素付加のための緑色接着剤(※3)
(※3)クラウン部とパビリオン部を接着する接着剤の色(たとえば青、緑、赤など)が宝石の色合いを決定する場合はトリプレット扱いになります。透明接着剤で貼り合わせる場合は、接着剤が宝石の色に影響を与えないためトリプレットではなくダブレット扱いになります。
クラウン部 :合成ホワイトスピネル(ベルヌーイ法)
パビリオン部:合成ホワイトスピネル(ベルヌーイ法)
緑色接着剤
クラウン部 :ロッククリスタル
パビリオン部:ロッククリスタル
緑色接着剤
クラウン部 :ゴシェナイト
パビリオン部:ゴシェナイト
緑色接着剤
ルビーを模造した赤色石
全てダブレット
クラウン部 :アルマンディンもしくはロードライトガーネット
パビリオン部:赤色ガラス
クラウン部 :天然ルビー
パビリオン部:合成ルビー(ベルヌーイ法)
サファイアを模造した青色石
ダブレット
クラウン部 :アルマンディンもしくはロードライトガーネット
パビリオン部:青色ガラス
クラウン部 :天然グリーンサファイア
パビリオン部:合成サファイア(ベルヌーイ法)
トリプレット
クラウン部 :合成スピネル(ベルヌーイ法)
パビリオン部:合成スピネル(ベルヌーイ法)
青色接着剤
オパールを模造したタイプ
ダブレット
クラウン部 :天然オパール
パビリオン部:プラスチック
トリプレット
クラウン部 :ロッククリスタル
ガードル部 :天然オパール
パビリオン部:母岩を模した素材(ブラックカルセドニー、黒色ガラス、黒曜石やジャスパーなど)
クラウン部 :透明ガラスまたは天然ホワイトサファイア
ガードル部 :天然オパール
パビリオン部:母岩を模した素材(ブラックカルセドニー、黒色ガラス、黒曜石やジャスパーなど)
張り合わせ石を見抜く方法を解説
張り合わせ石を天然宝石と見間違えないためにも、どのようにそれぞれを見分けるのかを把握する必要があります。中には経験を伴う高度な鑑別技術が必要な場合もあり、環境次第で正しい区別ができない場合も少なくありません。
10倍ルーペで鑑別できるケース
張り合わせ石のいくつかはルーぺ1つで鑑別できる場合があります。該当の石を横側から観れば、ガードル部位の違和感や接着剤の層を観察できるでしょう。
しかし実際に鑑別可能なケースは少なく、以下の場合は10倍ルーペでも鑑別するのは困難です。
- ジュエリーとして石留めされている場合(この場合の鑑別は不可能と言ってもいいでしょう)
- 同色の素材を使用している場合
最近は鑑別されにくい工夫が進化しており、ガードル部の接着も手の込んだ研磨を施し目立たないようにしたり、オパールの張り合わせに関しても、境界部分が不自然な直線にならないように接着剤の使い方が工夫されています。
鑑別機材を通した鑑別ポイント
基本的に張り合わせ石の真偽は、専門器具を利用した上での正確なリサーチが必要になります。張り合わせ石に使われている素材にもよりますが、通常以下のステップの鑑別が必須です。
屈折率
張り合わせ石は異なる2つ以上の素材で構成される場合が多く、屈折率の測定はクラウン部、パビリオン部の両サイドを別々に計測する必要があります。
内包物
顕微鏡下での観察による内部インクルージョンを把握することで、張り合わせ石の真偽を確定することが可能です。利用する素材独自のインクルージョンがゆえに天然宝石と勘違いしがちですが、合成宝石または境界部位の接着物質に含有する「気泡」の存在は張り合わせ石を鑑別するキーポイントになります。
また戦前に製造された古いタイプの合成コランダム(ベルヌーイ法)には、特徴的な成長線(カーブライン)が顕著に見られることも忘れてはなりません。
浸漬(しんせき)法によるガードル部の観察
浸漬法とは宝石の屈折率に近い液体に、宝石を浸した上で内部を観察する方法のことです。10倍ルーペでは確認しづらかったガードル部分の張り合わせ箇所が分かりやすくなります。日用品であるグリセリンやベビーオイルに宝石を浸すだけでも、かなり宝石の内部特徴が観察しやすくなるので覚えておきましょう。
蛍光検査
ガラスや合成スピネル、合成コランダムには長波もしくは短波で蛍光反応を見せることがあり、天然宝石か張り合わせ石かを判断する目安になります。ただし蛍光がない部分も反射して蛍光しているように見える場合も多く、蛍光性を正しく見るためにはある程度の経験が必要です。
宝石鑑別所が所有するような立派な器具がなくとも、屈折計、UVライト、顕微鏡があればある程度精度の高い鑑別が可能です。
しかし屈折率が測定できず、なおかつ天然に見られるインクルージョンが含まれることも多いので、特にエメラルド、コランダム、ダイヤモンドの張り合わせに関しては、前述のパターンを頭に入れて可能性を絞っていく必要があります。
まとめ
張り合わせ石に関してまとめると、
- 張り合わせ石はダブレット、トリプレット、フォイルバックに分かれる
- 張り合わせ石はエメラルド、コランダム、ダイヤモンドとオパールの模造用に作られることが多い
- 張り合わせ素材によって様々なパターンの模造が可能
- 10倍ルーペでの鑑別には限界がある
- 顕微鏡下での内部観察、蛍光検査、屈折率測定などを総合的に判断した真偽が求められる
張り合わせ石は模造石であり宝石としての価値が一切ないだけでなく、その真偽の判断が容易ではないため、特に宝石販売者は「ダブレット、トリプレット」について常にアンテナを貼る必要があります。
感の鋭い消費者が増え、宝石好きが鑑別機関にシレッとソーティングを出す時代だからこそ、販売者がルース1つ1つに責任を持ち、正しい情報を開示をしていくことが求められているのです。張り合わせ石を甘く見ていると、大きなブーメランが飛んでくる場合があることを肝に銘じておきましょう。
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