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『博物誌』から学ぶ古代ローマの宝石学<後編>

2023.05.24 2024.11.06

『博物誌』から学ぶ古代ローマの宝石学<後編>

世に出版されてきた宝石に関する書籍とはまた別次元の視点で宝石や鉱物などを解説してきた名書、それが『博物誌』です。

 

古代人に受け継がれてきた宝石に対する伝承、古代ローマの人々がどのように宝石を愛でてきたかを少しでも覗き見ることで、また別の角度で宝石の面白さを発見できることでしょう。

 

今回は本当にその一部ですが、『博物誌』で触れられてきた宝石を紹介していきたいと思うので、歴史フリーク、GIA GGの資格保持者など関係なく、肩の力を抜いて読み進めてもらえれば幸いです。

 

前編では、著者であるプリニウスと『博物誌』について詳しくご紹介しています。こちらもあわせて読んでみてくださいね。

宝石の大宇宙と謎が散りばめられた名書『博物誌』とは?

マグヌスの『鉱物論』やマルボドゥスの『宝石誌』などと並び、古代にどのような視点で宝石が語られてきたかを独特過ぎる視点と伝聞で書き記したのがプリニウスによる『博物誌』です。全37巻からなる百科全書であり、天文、地理から植物、薬草、鉱物、絵画、美術などのあらゆる文化や、自然界の歴史が網羅されています。

 

正直、宝石学をきちんと勉強してきた人々にとっては、あまりに奇怪な記述の連続に思わず眩暈を覚えるかもしれない、そんな摩訶不思議ワールド。この書籍を1から100まで解説する必要はありませんし、原文を全て理解しようとする努力はいりません。

 

日本語でも『博物誌』を紹介した本は複数出版されていますが、澁澤龍彦の『わたしのプリニウス』がおすすめです。『博物誌』の中から比較的日本人に刺さりやすい箇所のみ抜粋し、プリニウスの驚天動地な世界観を親しみやすいエッセイへと消化しています。

 

登場する宝石の傾向

『博物誌』にはおおよそ240種類の宝石が記載されており、西洋というよりも東洋に由来する宝石について多く触れられています。

 

インドもしくは東洋で採掘された宝石が約半数、1/4がアフリカとヨーロッパ大陸に起源を持つ宝石、残りが地中海東部と西部で発見された宝石だといいます。(240種類のうち産地が判明している宝石はたったの93種だけです)

 

もちろん、当時のローマでは多くの東洋由来の宝石が流通していました。その例として挙げられるのがレッドジャスパーやカルセドニー、カーネリアンなどで、確かにこれらの宝石を利用した印章(インタリオ)は非常に多く残っていますよね。

 

なお、当時のインタリオやジュエリーなどにセットされている宝石を蛍光X線分析で分析しても、はっきりした産地を同定することはほぼほぼ不可能です。

 

『博物誌』で宝石がピックアップされた理由とは?

宝石に関する記述の主な目的として挙げられるのが、

 

  • もっとも価値のある宝石は何なのか?
  • 当時の皇帝や貴族などのエリート階級が必要とした宝石の特性や起源を明らかにする

つまり、お金持ちの嗜好品としての宝石に対する探究心と社会的威信に対する需要に答えられるように分析されたということになります。プリニウスも『博物誌』の最終章を飾る第37巻「宝石学」では、並々ならぬ気合で筆を走らせています。

古代ローマ人の知見、宝石学を覗いてみよう

プリニウスの「宝石学」は歴史的にも美術史、宝石史を語る上でもっとも頻繁に引用されてきたため、なんとなく見聞きしたことがあるという方もいるかもしれません。

 

プリニウスによって書かれた宝石や鉱物についての記述内容は、あくまで2000年前のローマ人が信じていた知識がベースになっており、現代科学ではあり得ない宝石の特性や伝説が多く語られています。

 

ここでは、『博物誌』に登場する宝石の摩訶不思議な伝承をいくつか抜粋して紹介していくので、その真偽は別として当時の人々と宝石の関連性をみていきましょう。

 

ダイヤモンド

博物誌に記されたダイヤモンド

ダイヤモンドは当時「アダマス」と呼ばれており、その実態を多角的に評価し記したのがプリニウスでした。

 

代々王にのみ伝わる宝石として知られ、古代の時代にはエチオピアだけで発見されたと記述しています。ただし、実際は先人から伝聞として伝わった文書を引用していることが多く、プリニウスは正真正銘のダイヤモンドを見たことがなく、とにかく硬度が高い宝石を寄せ集めてアダマスと呼んでいたとする説も支持されています。

 

アダマスを「毒を退ける石」や、「心の平静を司る石」として位置づけているのはなかなか興味深い点と言えるでしょう。

 

もちろん当時は研磨技術がまだ発展していなかったため、ダイヤモンドの価値が飛躍的に向上するにはまだ時間が必要です。

 

ルビー

博物誌に記されたルビー

当時はルビーという名前ではなく燃える石炭を意味する「カーバンクル」と呼ばれていたそうです。もちろん古代ローマの時代にガーネット、ルビー、スピネルを区別することはできず、カーバンクルはルビー以外の赤い宝石も包括的に含んでいます。

 

当時から、その高い硬度がゆえにそれを加工できる者は東方にしかいませんでした。

 

インド、スペイン、エチオピアなどで産出し、それらは輝きの度合いによって男性、女性という2つの性に分類され、「医薬的な効果も男性のほうが強い」という男性上位の区分がなされていたようです。

 

ちなみに宝石を性別で区別することは、インドを含むさまざまな地域でしばしば見られる共通性でもあります。

 

オパール

博物誌に記されたオパール

「この美しき七色の遊色を持つ宝石に勝る宝石はエメラルドしかない。ガーネットの燃ゆる炎とアメジストの紫色の揺らめき、そしてエメラルドの美しい緑を兼ね備えた宝石であり、素晴らしい輝きとグラデーションを持っている。」と記されています。

 

プリニウスはその美しさを燃える硫黄と例えており、当時はインドでしか産出しないと考えられていたそうです。

 

ロッククリスタル

博物誌に記されたロッククリスタル

無色透明なカラーが万年雪と同一視され、「氷の化石」として冷たい飲み物を入れるための容器や壺として利用されたそうです。最近はクォーツ製の小さなコップなどもたいへん高額で売られていますが、これはプリニウス的にいえば正しい使い方なのでしょう。

 

当時ロッククリスタルは大変高価とされていましたが、色石の人気が高かったため宝飾品へ加工されることはほとんどありませんでした。

 

宝飾品に代わり、アートの域に到達するような彫刻を施したロッククリスタルの酒杯が富裕層の晩餐の場を飾ったのは言うまでもありません。皇帝ネロが退位を迫られたときに癇癪を起こし、二度と水晶の杯で酒を交わせぬように叩き割ったという逸話も伝わっています。

 

なおロッククリスタルは「キプロスやアジアで採掘され、標高の高いアルプスで発見されるものが一番評価が高い」と記されています。

 

琥珀

博物誌に記された琥珀

ロッククリスタルとともに富裕層の贅沢品として愛されたのが琥珀です。上質な琥珀は奴隷よりも高い価値で取引されており、特に女性用の宝飾品として使われることが頻繁にあったといいます。

 

当時は「エレクトロン」と呼ばれており、赤茶色のものは「スアリテルニクム」と形容されていました。

 

当時から、松の木の樹液からできており、燃やすと松明のような匂いを発することが分かっていたそうです。紫色に染色することもできると述べており、当時から琥珀の染色技術が存在していたことを伺える記述もあります。それらは高価な宝石であったアメジストの模造石として出回っていたそうです。

 

フローライト(蛍石)

博物誌に記されたフローライト

フローライトも古代ローマ時代にはもてはやされた宝石だったそうです。もともと硬度が低く割れやすい性質の宝石ですが、熱すると燐光(りんこう)を発する美しい宝石は、永続性がないからこそ真の嗜好品として皇帝や貴族に愛されたといいます。

 

ヘマタイト

博物誌に記されたヘマタイト

この宝石には多くの伝承や医薬的効能が伝わっています。当時から軍神マルスと関連付けられており、止血の役割をすると信じられていました。

 

眼や肝病への効能が期待できるとされ、特に充血した目を癒し、ブドウ酒と一緒に飲むと蛇に噛まれた傷が治癒するとされています。

まとめ

『博物誌』に関してまとめると、

  • 古代ローマ時代の鉱物、宝石などを体系的に記した百科事典のような書籍である。
  • 240にも及ぶ宝石が紹介されているが、多くはそれ以前の伝説や伝聞であり、科学的な面で宝石の特徴を記したものではない。
  • 当時の富裕層と贅沢品であった宝石の関係を知る上では貴重な資料となり得る。
  • 神話や聖書の世界など、現代のパワーストーンの原型になるような宝石の効能や伝承が満載。

1+ 1がたとえば3だとか4になってしまう、そんなことがありとあらゆるページに見受けられる、宝石に関する基本的な知識があればあるほど、プリニウス的指向に理解が及ばなくなる方も多いことでしょう。

 

しかし、何度もいう通り、この書物は真面目に鉱物、宝石を勉強する為に読破するタイプの書籍ではありません。

 

あくまで、悠久の歴史に埋もれてきた宝石たちの軌跡やサイドストーリー、宝石史を彩ってきた歴史的書物の1つであり、歴史の中で語られた物語を読み解き、話し半分というスタンスで読み進めてみれば、なにか面白い発見があるかもしれませんね。

 

(ちなみに、眠れぬ夜に目をこすりながら文字を追えば、不思議なくらいあっさり眠りに落ちるので不眠症の方の味方にもなると思います!体験済み)

 

 

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