宮沢賢治は、幼い頃から石集めが好きで「石ッコ賢さん」と呼ばれたほどでした。宝石商を目指していたこともあり、彼の作品には多くの宝石が登場します。それは実際の宝石の場合もあれば、美しいものの比喩として使われることもあります。
今回は、宮沢賢治と鉱物にまつわるエピソードや、宝石が登場する作品の一節をご紹介します。
宮沢賢治と鉱物
宮沢賢治の略歴や、石が好きだった少年時代のエピソードなどをご紹介します。
宮沢賢治の略歴
1896年8月27日 、岩手県生まれの詩人・童話作家。代表作は『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』『雨ニモマケズ』など。
農業、宗教、科学に深い関心を持ち、生涯を通じて自然や人々との共生をテーマに多くの作品を残し、幻想的で哲学的な内容で知られています。農学校の教師としても活動し、晩年は農民の支援に力を注ぎ、37歳という若さで肺炎により亡くなりました。
鉱物に関するエピソード
石が大好きだった賢治少年は、座る場所がなくなるほどの石を集めていたため、家族から「石ッコ賢さん」と呼ばれていたそうです。中学時代は寄宿舎生活を送り、日曜日にはハンマーを持って近郊の山を歩きながら石を集めていました。
盛岡高等農林学校の研究生時代に病気の妹を看病するために上京した際、神田で宝石の原石を扱う店に出会い、宝石の研磨を職業にしようと本格的に研究を始めます。人工宝石製造業を起業する計画を父に提案しましたが、反対され実現しませんでした。
「銀河鉄道の夜」と宝石
宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」には、多くの宝石が登場します。ここでは、宝石が描かれている場面を紹介しながら、その意味や背景を解説します。
あらすじ
「銀河鉄道の夜」は、主人公ジョバンニが、銀河鉄道に乗って不思議な旅をする物語です。友人のカンパネルラとともに、美しい星空や幻想的な風景を巡りながら、人生や死、幸福の意味について考えます。旅の終わりにジョバンニは、カンパネルラが実は溺れて亡くなっていたことを知り、彼の自己犠牲と愛を感じながら現実へと戻ります。
ダイヤモンド
するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊(ほたるいか)の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合(ぐあい)、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。
ジョバンニが「銀河ステーション」というアナウンスを聞いた瞬間、目の前がぱっと明るくなり、まるで億万匹のホタルイカの光が一斉に化石のようになって、空に沈んでいるように感じられました。また、ダイヤモンド会社が意図的に隠していたダイヤモンドを、誰かが突然ひっくり返してばら撒いたかのように目の前が明るくなり、ジョバンニは驚いて思わず何度も目をこすってしまいました。
金剛石とはダイヤモンドの和名です。この場面は、ジョバンニが日常から一転して銀河鉄道の夢のような世界に入っていく瞬間を鮮やかな比喩で描いています。
水晶
カンパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌にひろげ、指できしきしさせながら、夢のやうに云ってゐるのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えてゐる。」 「さうだ。」どこでぼくは、そんなことを習ったらうと思ひながら、ジョバンニもぼんやり答へてゐました。
カンパネルラが砂のような水晶を手に取り「中で小さな火が燃えている」という表現は、その中にエネルギーがあるように感じることを表現しています。ジョバンニが「ぼんやり答へてゐました」というのは、彼自身もその感覚に共感しながら、どこでそのようなことを学んだのか思い出せず、曖昧な気持ちで反応している様子です。
水晶・トパーズ・スターサファイア
河原の礫(こいし)は、みんなすきとほって、たしかに水晶や黄玉(トパーズ)や、またくしゃくしゃの皺曲(しゅうきょく)をあらはしたのや、また稜(かど)から霧のやうな青白い光を出す鋼玉(コランダム)やらでした。
河原に転がっている石はどれも透明で、水晶やトパーズがあり、またくしゃくしゃの皺曲をあらわした石やスターサファイアもありました。
この場面は、河原全体が幻想的で夢のような世界であることを表しています。「黄玉(おうぎょく)」はトパーズの和名です。「くしゃくしゃの皺曲をあらはしたの」とは、表面に皺のような複雑な模様がある石や凹凸がある石だと考えられます。「鋼玉(こうぎょく)」はルビーやサファイアを含む鉱物グループであるコランダムを指しますが「稜から霧のような青白い光を出す鋼玉」とあることから、スターサファイアだと考えられます。
ブルーサファイア・トパーズ
「あれが名高いアルビレオの観測所です。」窓の外の、まるで花火でいっぱいのやうな、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼もさめるやうな、青宝玉(サファイア)と黄玉(トパーズ)の大きな二つのすきとほった球が、輪になってしづかにくるくるとまはってゐました。黄いろのがだんだん向ふへまはって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸レンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、たうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環とができました。
天の川の流れの速さを観測する「アルビレオの観測所」に、サファイア(青宝玉)とトパーズ(黄玉)のような美しい2つの星が回転しながら重なり合います。
サファイア色とトパーズ色の二つの星は、はくちょう座のくちばしに位置する二重星です。二重星は肉眼で見ると一つの星に見えますが、望遠鏡で拡大して見ると二つの星に見えます。望遠鏡で見るとぴったり寄り添うように見える二つの星は、賢治が表現したようにサファイア色の星(5等星)よりトパーズ色の星(3等星)の方が明るいのです。
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ルビー
ルビーよりも赤くすきとほりリチウムよりもうつくしく酔ったやうになってその火は燃えているのでした。「あれはなんの火だらう。あんな赤く光る火は何を燃やしたらできるのだらう」ジョバンニが云ひました。「蠍(さそり)の火だな」ジョバンニが又地図を首っ引きして答へました。
ジョバンニが見た火は、とても鮮やかで幻想的な赤い光を放っていました。その火は、ルビーよりも赤く、リチウムよりも美しい輝きを持ち、まるで酔っているかのように激しく燃えています。このような光景にジョバンニは驚き「あれは何の火だろう?あんなに赤く光る火は、何を燃やしたら出るのだろう?」と疑問を口にし、地図を確認しながら「蠍(さそり)の火だ」と答えます。
「蠍の火」とは、さそり座の赤い1等星「アンタレス」を指します。銀河鉄道におけるアンタレスは、多くの命を奪った蠍が皆の幸せのために自らを燃やして暗闇を照らす火として描かれています。
その他の作品に登場する宝石たち
そのほかの作品から、宝石が描かれている場面を紹介しながら意味や背景を解説します。
カイヤナイト
その黄金いろのまひるについで、藍晶石(らんしょうせき)のさわやかな夜がまいりました。
「黄金いろのまひる」は、昼間の明るさや暖かさ、「藍晶石のさわやかな夜」は夜の静けさと涼しさを象徴しています。藍晶石、つまりカイヤナイトは濃い青の宝石で、昔はサファイアに間違われることも多かったようです。
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ブラッドストーン・アメシスト
たうやくの葉は碧玉(へきぎょく)、そのつぼみは紫水晶(アメシスト)の美しいさきを持っていました
「たうやく」とは「当薬」「唐薬」「陶薬」とも書かれ、胃の薬になるセンブリのことを指し、その葉が碧玉のように見えると表現しています。碧玉はここではジャスパーの一種であるブラッドストーンだと考えられ、つぼみの美しさをアメシストにたとえ、葉やつぼみが宝石のように輝く様子を描いています。
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シトリン
暮れやらぬ 黄水晶(シトリン)のそらに青みわびて 木は立てりあめまつすぐにふり
まだ日が完全に沈まない黄水晶(シトリン)色の夕空に寂しげに青みが差し、木々は静かに立ち尽くし、雨は真っすぐに降っているという情景が描かれています。
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キャッツアイ
うるはしく 猫睛石(びょうせいせき)はひかれども ひとのうれひは せんすべもなし
「睛」の字は「瞳」を意味し、「猫睛石」はキャッツアイを指します。キャッツアイが美しく輝いていても、人間の内面にある悲しみや悩みはその美しさでは解消できない、という対比を描いています。
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メキシコオパール・ムーンストーン
このとき海霧はふたたび襲ひ
はじめは翔ける火蛋白石(ひたんぱくせき)や
やがては丘と広場をつつみ
月長石(げっちょうせき)の映えする雨に
孤光わびしい陶磁とはかり
海霧が広がり、初めに霧の中に見えるのは飛び跳ねる火蛋白石(メキシコオパール)のような光、やがて霧は丘と広場をつつみ月長石(ムーンストーン)のように映える雨が降ります。寂しく輝く陶磁器のような静けさのある美しい風景を表現しています。
ブルーカルセドニー
ひときれそらにうかぶ暁のモテイーフ
電線とおそろいしい玉髄(カルセドニ)の雲のきれ
夜空の青暗さを包んだ夜明けの雲をカルセドニーと表現した詩です。おそらくブルーカルセドニーであると考えられてます。
エメラルド
黒い岬のこっちには
釜石湾の一つぶ華奢なエメラルド
……そこでは叔父の子どもらが
みなすくすくと育っていた
釜石湾の海の美しさをエメラルドにたとえて表現しています。自然の美しさと家族に対する温かい気持ちが絡み合っています。多くの宝石が登場する宮沢賢治の作品の中で、エメラルドが登場するのは意外にもこの詩だけです。
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とかげ入り琥珀
あけがたの 琥珀(こはく)のそらは 凍りしを 大とかげらの 雲はうかびて
とかげを封じ込めた樹脂が土砂に埋まり化石になって表れたのが「とかげ入り琥珀」です。とかげ入り琥珀と、夜明けの琥珀色の空に流れ込む雲(大とかげ)を重ね合わせて表現しています。童話「風の又三郎」にも同じような場面が出てくるので、この光景が印象的だったのでしょう。
瑪瑙(めのう)
まったく野原のその辺は小さな瑪瑙(めのう)のかけらのやうなものでできていて行くものの足を切るのでした。
この物語には、針の山らしい場面が出てきます。その場面を「野原の地面が小さな瑪瑙のかけらのような鋭く硬いもので構成されていて、そこを歩くと足を傷つけてしまう」と表現しています。
ターコイズ
あかり窓 仰げば空は Turquoise(ターキス)の 板もて張られ その継ぎ目光れり
窓から見上げた空がターコイズの板のように見えた様子が描かれています。「その継ぎ目光れり」というのは、ターコイズの網目状の模様と重ね合わせた空全体が光と色彩の美しいコントラストを生んでいる描写です。
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まとめ
宮沢賢治の作品には30を超える宝石が登場し、メモなどを含めると70種類にのぼります。宝石に関する知識を誇示するわけでも、モダンな印象を狙ったわけでもなく、賢治にとって宝石は心象スケッチを描くために欠かせない存在だったようです。
宝石に興味がある方なら、賢治が描く色彩豊かな世界を容易に思い浮かべることができるでしょう。かつて宮沢賢治の作品を読んだことがある方も、新たな視点から再び読み解くことができるかもしれませんね。
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